「洲崎パラダイス」(芝木好子)

消えゆこうとしている歓楽街と男女関係

「洲崎パラダイス」(芝木好子)
(「日本文学100年の名作第5巻」)
 新潮文庫

「洲崎パラダイス」(芝木好子)
(「百年文庫041 女」)ポプラ社

宿屋の払いを済ませて
外に出ると、二人の懐中には
百円の金も残らなかった。
義治が煙草を買っているひまに、
蔦枝はあてもなく
橋桁まで歩いていった。
二言目には「死ぬ」と言い
「死にゃあいい」と
自棄になっている彼なので、
蔦枝は…。

これといった粗筋をひねり出せず、
またしても冒頭部分の抜粋で
お茶を濁してしまいました。
何しろくっついたり離れたりといった
男女の仲を
淡々と描いただけの作品ですから。
しかしいろいろと考えさせられます。

蔦枝は娼婦上がりの女性。
食わせてくれる男性を
求めているのですが、
期待した義治は失職して一文無し。
惚れていながら、
金離れの良い男が現れると
すぐ乗りかえる。
そうかと思うと義治のことが気になる。
複雑です。

義治の失職は、
会社の金の使い込みがばれてのこと。
明確には書かれていませんが、
蔦枝との生活のためであることが
匂わされています。
無職となった自分に自信が持てず、
蔦枝を引っ張っていくことも
できないのです。
つまり甲斐性のない男。
いたって単純です。

中年男性・落合に
アパートまで世話してもらった
蔦枝だったのですが、
一文無しで宿屋に泊まっている義治から
連絡が入ると、
別れ話を切り出すつもりで
出かけていき、
そのまま二人で行方をくらまします。
複雑な女と単純な男の仲は、
切っても切れない
不思議な関係なのです。

さて、表題となっている
「洲崎パラダイス」とは、
戦後、東京都江東区の海岸寄りにあった
赤線地帯(遊郭などの風俗営業が
認められる地域)のことです。
1888年にはじめて遊郭が移転して以降、
吉原と並ぶ都内の代表的な
遊廓街となりましたが、
1958年の売春防止法成立によって
一斉に廃業することになります。
本作品の発表は1954年。
いわば消えゆこうとしている歓楽街を
舞台にしているのです。

赤線地帯の消滅とともに、
こうした「切っても切れない」
男女の関係も
この世から消えてしまったような
気がします。
ストーカー行為やDVなど、
関係を維持できない男女が
異様に増加しているかと思えば、
二次元の女子を愛する男子や
結婚をまったく考えない女性も
増えています(いいか悪いかではなく)。
性の在り方も男女の生き方も
多様化している現代ですから
当然のことですが。

作者・芝木好子
こうした赤線と関わりのある女性を
描いた作品をいくつか残しています。
女性作家である分、女性のその心情が
きめ細やかに描かれています。
現代ではあまり受け入れられにくい
作品ですが、
戦後間もない頃の日本を知る
貴重な短篇です。
ぜひご一読を。

※「洲崎パラダイス赤信号」という
 タイトルで映画化されています。
 今から65年前の1956年7月31日に
 封切りされました。

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S. Hermann & F. RichterによるPixabayからの画像

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